あの人、入ったんだって。
笑いながらG弥さんが
「あの人、入ったんだって」
と聞いてきた。そうです、入りました。
それは6月の第一木曜日。水泳のレッスンが始まる直前にN山さんが内緒話の様に小さい声で
「K野さん、私たちのクラスに入るんだって」
私は吃驚して両手で口を押えながら
「えー」
を3回繰り返した。それを見たS村さん、Y田さんのグループ目ざとく
「何があったの」
「何でもない。たいしたことじゃない」
そうです。一人私たちの水泳クラスに入るというだけです。でもK野さんが入ると聞いて私はパニック気味でした。私のあまりの驚きにS村さんグループが反応したのです。
「そんなに驚いて、何でもないはずないだろうよ」
私本当に驚いたんです。
「私たちのクラスに新しく入る人がいるそうです」
と報告。それ以上は聞かれなかったけれども誰が入るのか気になったはず。後で誰が入ったかわかって私が驚いたのに納得したのではないか。
情報をもたらしてくれたN山さんにも以外だったようです。
「上級に入ってくるなんて」
と呟いた。
で今日は6月25日。G弥さん、N山さんから聞いたそうです。
K野さんが入った話をしているとTコーチが話に入ってきた。
「そうそう。入った。泳いでるの見たもの」
「驚いちゃった」
「K野さんは上級クラスではない」
などとのたもう。
「なんであのクラスに入ったか知ってる」
いいえ、知りません。ただよく入ってこられたと思う。クラスの雰囲気に溶け込めるだろうかと少しは不安になってもいいのに、しかし雰囲気などはまったく関係ないのである。
「Mコーチのクラスの人達が速く泳げるようになったので入ったそうよ」
「基本が出来ていないのに。上級へ入ってもしょうがない」
「せいぜい中級よ。バタフライが好きでしょっちゅう泳いでいるけど、基本が出来てない。下手だもの」
「基礎をやってからの方が上達は速いと思うよ」
K野さんが上級クラスに入ったことには私はさほど驚いていない。私たちのクラスに入ったことに驚いている。以前は寄って来ては泳ぎが速いですねと言うようなことをくどくど言って来た。褒められればお世辞と分かってもうれしくなるが、彼女の言葉を聞くとただただ恥ずかしく当惑する。近頃ではすれ違っても挨拶をしない。N山さんとも話を交わすこともないようだ。それどころかお互いに挨拶もしない様だ。何年もプールに通っていて挨拶も交わさない人達がいるところへ良く入ってこれると思う。そこが不思議だ。今度同じクラスに入りますの一言もない。このクラスに入って居心地が悪いということはないのだろう。不思議だ。