どうべん

若い男が道端の壁際に座っているいる。白いTシャツ、半袖である。2,3日前の暖かい日のことだ。傍らに青い缶の飲み物が置いてある。お昼休みだろうか、休息しているように見える。壁は酒造会社のである。酒造会社の人がたばこを吸っているのを見かけることがある。その仲間か。溝をふさいでいるコンクリートの蓋に腰を下ろしている。壁の真向かいの独居老人が用を足している金網のすぐそばである。金網には溶けた白い紙のようなものがへばりついている。ショウはしてもダイはしないだろうとは思うものの溶けたトイレットペーパーのようにも見える。

 

老人は蓬髪で近くのスーパーでよく会う。何を買うでもなくウロウロしている。服は変えているのか。いつもくたびれた服を着ている。町内のおばあちゃんは言う。洗濯物が干してあるのを見たことがない。風呂には入っているのか。ゴミが一つだけ集積所においてあることが続いた。カラスが突いて袋を破る。風が吹いて中のものが道にまき散らされる。今まではそんなことはなかった。独居老人の母親が亡くなってからのことである。ゴミ収集車が行ってからの後出しの嫌疑はかかる。ゴミの後出しは近頃はなくなった。独居老人の父もわざわざ自宅から出てきて小用をたしていたそうな。独居老人が父親から受ついだ習慣であろうか。

 

独居老人の愛用のすぐそばで缶飲料を飲み休憩しているのを見て黙ってはいられない。しかし知らしめることで不愉快にさせることもある。黙っているのは不衛生である。で

 

「あの~、よけいなことかもしらませんがこの辺り」

と指で楕円を描きつつ

「前の家の人が用を足すのに使います」

と言ってしまった。

寛いでいた男は

「マジすか」

とすぐ立ち上がった。飲み物を持ち上げた。

忠告しながら通り過ぎた。後ろは振り向かなかったからそのあと若者がどうしたかは知らない。

 

知らぬが仏という言葉がある。知らなければ平和であったろう。日向ぼっこをしてゆっくり缶飲料を味わえただろう。知ったがためにお昼休みのひと時が台無しになってしまったかもしれない。お昼休みだったとしてだが。あの場所で飲み物を傍らに座り込んでいるのを見て言わずにはいられなかった。

「そこは爺さんのトイレだよと」