空ているから好きに使えばいい

ロッカールームのベンチ,一目見て他のベンチを使うことにした。一面に水着など濡れたものがはいったポリ袋、肌色の長袖シャツ、スボン下が乱雑に広がっている。持ち主がトイレから戻ってきた。上半身は裸で五分丈のパンツ一丁である。乳は垂れ下がり皺皺だ。七十を過ぎると身体はこうなるという不幸な見本である。髪は染めてから長い時間が経過したようで毛先はともろこしの毛、根本の方のまだ太いが真っ白だ。赤茶け半分と白とのグラデーションである。

「散らかしっぱなしで」

と乱雑さに呆れた私を見透かしたように言うのが毎度である。すかさず仲良しのおばちゃんが

「空いているんだから大丈夫よ。混んでないんだから」

とすかさず牽制球を投げる。

空いているからと言ってベンチ一面に畳んでない肌色の下着が広がり、ポリ袋が投げ出されていてはだらしな感が半端ない。

 

二人の会話は続く。

若い方

「前の晩帝国ホテルに泊まってからいったのよ」

年上

「帝国ホテルの普通の部屋よりニューオータニの高い部屋の方がずーっと良いよ」

「そう、でも主人が旅行の手配をするから。まかせてるの」

と若い方。

 

老婆のご主人は亡くなり子供たちは独立して一人暮らしである。クリスマスには駅ビルでショートケーキを買って帰り自宅で一人クリスマス気分を味わう。盆と正月には子供たちが来るのでごちそうをたくさん用意してまっているそうな。毎日の暮らしではジムの帰りに駅ビルやデパ地下でおいしいものを買うのが楽しみの一つであるそうな。

 

 「私はね、毎食ともおかず一品ではやなの。少なくとも3,4品はのってなくちゃあ」

と張りのある大声で以前言っていた。パウダールームではおしゃべりの中心にいる老婆である。

 

ご主人が亡くなってしまっては旅行の段取りはしてもらえないが、一人暮らしの家の中ではカバンの中身が爆発したような散乱状態でも不愉快になる人はいない。ロッカールームのベンチの上がグチャグチャでもニューオオタニの高い部屋へ泊るれる。