おしゃべり
椙村さんはティッシュを入れた紙袋をパウダールーム前のベンチに置いて入ってきた。
「平気でしゃべってるのよ」
パウダールームには私しかいない。相槌を打つ。
「そうですね」
同意を得て椙村さんは
「マスクをしていればいいってものでなはい。会話を控えるようにいってるのに」
ロッカールームでもお風呂でもおしゃべりに花が咲いている。
「浴室では会話をしないようにと張り紙があったよ。誰かが言いつけたから張り紙したんだ」
「浴室ではマスクを着用できないので会話はしないほうがいいのにね」
といら立ちと呆れのスパイスを入れて立て続けに言った。
椙村さんがそう言っている間も壁向こうの奥のロッカールームから大声で楽しくおしゃべりしている声が続いている。
楽しくおしゃべりしている人たちは傍若無人である。周りが見えない。通路をふさぐように立って話しているのでそこを通りたければ
「すみません」
と謝って壁際を身をすくめるようにして通ることもある。
コロナのずっと以前、ロッカーの前に立ちふさがるように立ったままおしゃべりに興じている四人がいた。彼女たちのロッカーはもっと奥だったようでたまたま私のロッカーのあたりで顔を会わせておしゃべりが始まったのだ。ロッカーからバッグを出したかったので、私のロッカーのドア前にいた一人に少しどいてもらってバッグを出した。少し退いたのであって邪魔になるからとそのグループがその場を動いたわけではなかった。バッグから必要なものを出してしまおうとすると、私のロッカーのドア前にいた人は今度はうろうろしては邪魔とばかりの高慢さで身動きしない。彼女の仲間も同様でおしゃべりは続いている。
「ほら、邪魔になっているよ」
と友達に注意する気配さえない。
彼女の顔の前でロッカーのドアを開けてバッグをしまった。それでも動こうともしない。彼女たちそろって三十代か。話題は乗馬クラブに行っている人がオクターブ高くレッスンのシステムについて話せば聞き手の一人がレッスン料は思ったより高くないねとか言っていた。乗馬の話題についていこうと振り落とされないようにしっかり捕まっていなくてはならないので周りに無頓着なのだ。
乗馬を習う前にマナー教室へ行けば。
週に数回の利用でも利用者のおしゃべり禍は経験している。ジムのお掃除歴が長い椙村さんは利用者のおしゃべり禍はたくさん持っているだろう。